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東京地方裁判所 昭和36年(行モ)21号 決定

申立人 東京都地方労働委員会

被申立人 株式会社鉄の時代社

主文

本件申立を却下する。

理由

本件申立の要旨は、

一  株式会社自立経済特信社(以下、特信社という)は従前の神山利夫の個人企業を継承して主に鉄鋼業界貿易業界を対象とする日刊紙「自立経済特信」(鉄鋼版、貿易版)及び月刊雑誌「鉄の時代」の刊行を営み右神山が取締役社長として主宰するところであつたが、昭和三十六年一月九日右月刊雑誌の出版及び営業に関する権利を被申請会社に譲渡し、又同月十六日取締役社長を更迭して遠山景久を選任し、次で同月二十七日臨時株主総会の決議によつて解散し、同月三十日これが登記を了するとともに、翌三十一日にかけてその従業員中、後記労働組合の組合員たる藤本威、小宮源次郎、喜入亮、矢沢今朝治、貴村政司、林茂、奥村和一、斉藤恒雄、岩本幹雄、小村栄子、大沢貞子、樋口幸子及び原島君恵の計十三名に対し解散を理由に解雇の通告をなした。しかしながら右会社解散及びこれを理由とする解雇通告は特信社の従業員中、十四名を以て昭和三十五年十二月三日結成された自立経済特信社労働組合(但し後に組合員の出入があつた結果右解雇通告当時は前記十三名が組合員であつた。全国印刷産業労働組合総連合会加盟。以下、組合という)の存在を嫌忌し、これを崩壊に導くためになされたものであつて、労働組合法第七条第三号及び第一号の不当労働行為を構成する。

二  しかして被申立会社は昭和三十六年一月九日設立と同時に前記のように特信社から月刊雑誌「鉄の時代」の出版及び営業に関する権利の譲渡を受け、形式上は一応特信社と独立して右出版業を経営するに至つたものであるが、神山利夫が取締役社長に就任したのを始めとして特信社の関係者を重役に据え、その従業員も計十一名中、七名を特信社から転用したのみならず、特信社の営業施設等をすべてそのまま使用して営業し、その出版物の名称、体裁竝びに頒布先等も勿論特信社の営業当時と少しも変りがないから、実質上は特信社と同一の企業体であつて、その雑誌部門を担当する一個の分身にすぎない。なお神山利夫は特信社の解散決議直後から「自立経済特信社」という呼称の個人企業の形式を以て特信社の刊行物の一つであつた日刊紙「自立経済特信」(但し鉄鋼版のみ)の刊行を営んでいるが、これが経理事務を特信社の取締役であつた鈴木ひさに担当させている外、特信社の従業員五名を転用しているのみならず、特信社の営業施設等をそのまま使用しているから、これ又実質上は特信社と同一の企業体であつて、その日刊紙部門を一部分担するにすぎない。

三  されば申立人は組合の不当労働行為救済申立に基き昭和三十六年九月七日附を以て特信社及び被申立会社に対し前記藤本威以下十三名の特信社又は被申立会社もしくは神山利夫の個人企業における原職又は原職相当職への復帰及びそれまでに支給を受くべきはずであつた賃金相当額の支払を命じる趣旨を含む救済命令を発し、同月二十日右命令書の写を被申立会社に交付した(都労委昭和三十六年不第四号事件)のであるが、被申立会社は同年十月十八日申立人を相手取り東京地方裁判所に右救済命令取消請求の訴を提起した(当庁昭和三十六年(行)第一〇九号事件)。

四  ところが右訴訟の解決に至るまで右救済命令の内容が実現しないときは、前記被解雇者及びその家族が生活窮乏のため回復し難い損害を蒙ることは必定であり、延いては不当労働行為救済制度の精神が没却される虞があるので、申立人は労働組合法第二十七条第七項により被申立会社に対し前記救済命令が原職又は原職相当職への復帰及びそれまでの賃金相当額の支払を命じた限度において右命令に従うべき旨の緊急命令の発動を求めるものである。

というにある。

そこで考えてみると、申立人の被申立会社に対する救済命令の発布及びこれに対する被申立会社の出訴に関する右三の事実竝びに右救済命令が右一及び二の事実を認定し、該事実を基礎として発せられたものであることは本件記録上明らかである。しかしながら労働組合法第二十七条の規定の解釈からすれば、不当労働行為に関する労働委員会の救済手続において申立の相手方たり得るのは同法第七条各号所定の不当労働行為の主体たる使用者(法律上使用者の地位に承継が生じた場合には、勿論その承継人)に限らるべきであつて、不当労働行為の客体としてその成立要件をなす特定の労使関係につきなんらの地位も有しない第三者は、たとえ労働者の団結に侵害を加えようとも、右救済手続における申立の相手方とはなり得ないものといわなければならない。なるほど右救済制度の趣旨は不当労働行為による労働者の団結侵害を端的に排除するにあるのであるから、労働委員会はその救済方法につき広汎な裁量権を有するとともに、その裁量の過程において必ずしも不当労働行為が労使間の権利義務に与えた法律上の効果に拘泥するを要しないこと勿論であるとはいえ、これを根拠に救済申立の相手方たる適格を欠く労使関係の第三者に原状回復義務を課することが許さるべきいわれはないのである。ところが本件救済命令は、申立人がこれを発するにつき判断の基礎とした事実からすれば、要するに特信社が組合に加入するその従業員を解雇したことを以て労働組合法第七条第一号の不当労働行為に当るものと認め、被申立会社及び神山利夫の「自立経済特信社」なる個人企業が形式上はともかく実質上は特信社と同一企業体であることを理由に、右被解雇者の特信社又は被申立会社もしくは右神山の個人企業における原職(又はその相当職)復帰及び賃金相当額の支払(いわゆるバツク・ペイ)を使用者たる特信社だけでなく、その労使関係の第三者たる被申立会社にまで命じたものであるから、その内、特信社に対する部分はさて措き、少くとも被申立会社に対する部分は本来救済手続の当事者たる適格のない者を名宛人とした点において違法たるを免れない。もつとも申立人は被申立会社をその名宛人とするにつき被申立会社が特信社と同一の企業体であることを理由としているところからして被申立会社を以て前記労使関係における実質上の使用者と目したものと解されなくはないけれども、かような場合においても右労使関係につき法律上第三者たるを失わない被申立会社を救済命令の名宛人となし得る法理論上の根拠はないのみならず、申立人が認定したところによつても、右企業の同一性は、特信社と右被解雇者との間に労使関係が生じる以前から存したものではなく、その後に至り特信社が月刊雑誌「鉄の時代」の出版部門につき出版及び営業に関する権利譲渡の形式を践んで企業の実体を被申立会社に移したことを起源とするものでありながら、一方特信社が不当労働行為の意思を以て右労使関係を消滅させるため会社解散及びこれを理由とする解雇通告の挙に出たのは更にその後の事実に属することになるから、申立人が右労使関係における使用者如何につき相当な判断に到達するには、すべからく右事実を前提として、特信社の使用者たる地位はむしろ右企業主体の変動にあたつても営業に関する権利譲渡の目的とならなかつたのは勿論事実上も被申立会社に承継されなかつたものと推認してかかるべきであつたのであつて、かような推認を相当とすべき事実が存する以上、もとより被申立会社を以て右労使関係における実質上の使用者となすべき根拠はないものというべく、いずれの点からしても申立人が被申立会社を特信社と実質上同一の企業体であるという一事だけで本件救済命令の名宛人とするに足るものと判断したのは早計にすぎたものという外はない。あるいは右企業主体の変動が右不当労働行為と関連なく行われたのでない点を洞察して、不当労働行為救済制度の精神に則り、被申立会社を法的には使用者と評価すべきであるという見解をなす向もあるかも知れないが、理論上にわかに左袒し難いところである。

果してそうだとすれば、被申立会社を名宛人とした限度においては少くとも違法というべき本件救済命令につき被申立会社に対する緊急命令の発動を求める本件申立は、その余の判断をなすまでもなく、申立の理由において失当であるから、これを却下することとし主文のとおり決定する。

(裁判官 吉田豊 駒田駿太郎 北川弘治)

〔参考資料〕

命令書

東京都千代田区神田鍜冶町三丁目六番地 久菱ビル

(株式会社自立経済特信社内)

申立人 自立経済特信社労働組合

執行委員長 藤本威

東京都千代田区神田鍜冶町三丁目六番地 久菱ビル

被申立人 株式会社自立経済特信社

代表清算人 遠山景久

東京都千代田区神田鍜冶町三丁目六番地 久菱ビル

被申立人 株式会社鉄の時代社

代表取締役 神山利夫

右当事者間の都労委昭和三六年不第四号不当労働行為事件について、当委員会は、昭和三六年九月七日第三一九回公益委員会議において、会長公益委員 所沢道夫、公益委員 塚本重頼、同 磯部喜一、同 井上縫三郎、同 三藤正出席し、合議のうえ左の通り命令する。

主文

一、被申立人は、申立人組合の組合員藤本威、小宮源次郎、喜入亮、矢沢今朝治、貴村政司、林茂、奥村和一、斉藤恒雄、岩本幹雄、小村栄子、大沢貞子、樋口幸子、原島君恵を、それぞれ、被申立人会社または自立経済特信社において、原職または原職相当の職に復帰させ、同人らが解雇された日から原職または原職相当の職に復帰するまでの間受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならない。

二、被申立人株式会社自立経済特信社は、申立人が昭和三六年一月一四日申し入れた年末一時金の残額支払いについての団体交渉をすみやかに申立人と開かねばならない。

三、被申立人および自立経済特信社は、縦六〇センチメートル、横一メートルの木板に左記の文面を楷書で墨書し、それぞれの従業員の見易い場所に掲示しなければならない。

会社は自立経済特信社労働組合の組合活動に今後支配介入いたしません。

右 東京都地方労働委員会の命令により掲示いたします。

昭和 年 月 日

株式会社自立経済特信社

代表清算人 遠山景久

株式会社鉄の時代社

代表取締役 神山利夫

自立経済特信社

代表者 神山利夫

自立経済特信社労働組合

執行委員長 藤本威殿

(注 年月日は掲示した日を記載すること)

四、前項は、この命令交付の日から五日以内に履行し、かつ遅滞なく履行の内容を当委員会に文書をもつて報告しなければならない。

理由

第一認定した事実

一 当事者

被申立人株式会社自立経済特信社(以下会社という)は、もともと神山利夫の個人経営を会社組織に改めたものであり、肩書地において、主として、鉄鋼業界、貿易業界を対象として日刊「自立経済特信」(鉄鋼版および貿易版)と月刊雑誌「鉄の時代」の刊行を業とし、昭和三五年一二月三日現在、従業員二九名を有する株式会社であり昭和三六年一月二七日解散し、現在清算中である。また、被申立人株式会社鉄の時代社(以下鉄の時代社という)は、肩書地において、昭和三六年一月九日、前記会社から月刊雑誌「鉄の時代」の出版および営業の権利を譲り受けて分離独立した株式会社であり、設立当時の従業員は一一名である。

申立人自立経済特信社労働組合(以下組合という)は、昭和三五年一二月三日、会社従業員中一四名をもつて結成され、同月二二日、全国印刷産業労働組合に加盟した労働組合である。

二 組合の結成と団体交渉の申入れ

1 昭和三五年一二月三日、労働基準法は守られていない、給与水準は低く定期昇給制もない、労働条件の改善のためには労働組合を結成するほかないとして、次の一四名が自立経済特信社労働組合をつくつた。

組合における地位 氏名    会社における職務内容

執行委員長    斉藤恒雄  貿易版記者

副執行委員長   小村栄子  タイピスト

書記長      小宮源次郎 鉄鋼版記者

執行委員     矢沢今朝治 同前

同        大沢貞子  タイピスト

会計       斉藤玲子  事務部員

会計監査     岩本幹雄  同前

組合員      喜入亮   鉄鋼版記者

同        貴村政司  同前

同        奥村和一  貿易版記者

同        樋口幸子  タイピスト

同        速水恵子  タイピスト

同        原島君恵  タイピスト

同        多田寛一  鉄の時代編集記者

2 その際、組合は、これまではいつも年末一時金は一カ月分であつたが、最近会社はもうけたし二カ月分は出せるはず、と当面の要求として、一時金二カ月分を要求することを決定し、一二月七日夜、組合の斉藤(恒)執行委員長、小宮書記長が会社側の神山社長、鈴木ひさ取締役と藤本鉄鋼版編集長、雑誌部キヤツプ橋本恒義を交えて会見、まず組合結成を通告した。

最初、社長は「わが社には労使関係はないから組合はいらない」とつつぱねたが、橋本のとりなしなどあつて「一応認めるが、十分話し合うことだ」ということになつた。一時金要求については「二カ月分などでるはずがない」と社長はいい、結論をえなかつた。

3 一二月九日夜、斉藤(恒)は単独で社長と年末一時金の交渉をしたところ「会社は好不況にかかわらずこれまで一カ月分は必ず出している。おれにまかせておけ」とのことであつた。そして、一二日組合は正式に文書で年末一時金二カ月分を要求し団体交渉の申入れをした上、斉藤(恒)、小宮、喜入の三名が社長と話し合つた。

社長は「二カ月要求など問題にならない」といつたあと、「会社は解散のほかなくなるだろう。しかし、自立経済特信はどんなことがあつても出さねばならないが、解散して再雇用するとしたらその時お前らはやる意思があるか」ときいた。

4 一三日朝、組合は、口頭で団体交渉を申し入れたが、支援団体(全国印刷産業労働組合総連合会)のオルグが会社内にはいつてきたことから、会社は「業務中」を理由にこれに応じなかつた。しかし結局正午から団体交渉を行ない、経営協議会(以下経協という)年末一時金のプラス・アルフアなどについて話し合つた。なお、当日社長は藤本に「鉄鋼版で会社に残しておきたいもののリストを作つておけ」と命じた翌一四日、組合はその経過を覚書の形に作成・提出したが、会社は異議があるとし、一六日に至つて社長が修正したものを組合に渡し、結論をえないまま、覚書は流れた。

5 なお、一二月八日鈴木取締役は事務部の斉藤(玲)をタイプ部に配置替えを命じ、また一〇日には試用期間中の矢沢(執行委員)、貴村(組合員)の両名を社長が呼び出して「本採用についてはこれから十分検討してきめねばならない」と申し渡した。

三 団体交渉中断後の経過

1 一二月一五日、会社は神山(社長)、鈴木(取締役)藤本(鉄鋼版編集長)橋本(雑誌部キヤツプ)出席の職制会議を開いた席上、社長と橋本は、組合の解散と斉藤(恒)執行委員長の解雇を主張し、林から同人に自発的退職を勧告することになつた。

翌一六日、斉藤(恒)の紹介者である藤本は社長に呼ばれた際「斉藤をきるなら自分もやめざるをえない。組合否認はまずい」と述べたところ、社長は「組合は本来会社に対立するもので認められない」といつた。

2 一六、一七の両日、会社は非組合員である従業員の意見もきく必要があるとして社員大会を開き、その席上社長は「いまや組合が解散しなければ会社は解散せざるを得ない状態にある。指導者である委員長は自発的に退職すべきだ」と演説した。

さらに一七日夜、社長は「組合が解散しないならば自分の手で会社を解散するほかない。組合解散か、会社解散か一九日朝までに回答せよ」と組合に求め、組合に加入していない営業部門の社員は、この際組合を解散し、新年になつて新たに組合を結成することを提案した。組合は徹夜の討議後、直ちに結論は出さず、なお検討することとなつた。

3 なお、藤本は従来社長から「組合のことはおれがやるからお前は安全地帯におれ」といわれ、自らも中間的立場にあつてあつせん役をつとめることが労使のためと信じてきたが、一八日朝斉藤(恒)から組合加入を説かれ、林とともに組合加入を応諾した。

午後の組合大会で両人の加入が承認され、役員改選で藤本が執行委員長に、岩本が書記長に選出された。藤本は平和的話合いの必要上闘争体制を解くことを提案して可決された。

四 団体交渉の再開

1 藤本が執行委員長に選出された後二二日に団体交渉が再開された。その日には社長が「組合は認めている」といつた以外には進展しなかつたが、翌二三日の団体交渉で一時金については原監査役の了解がつけば例年どおりの額(試用中の三カ月を除いて勤続満一年以上に一カ月分)を支払うということにきまつた。

2 その夜、藤本は岩本書記長とともに原監査役を訪問したが、原は「いまの組合は妥当でないから一度解散したらどうか。金は組合に貸すのでなく神山に貸すのだが、神山が組合があつてもやるというなら判を押す。しかし本人は組合があつては自信がない、この際私は組合を解散することが一番だと思う。解散するなら犠牲者を少なくするよう仲立ちしてもよい」と繰り返し、解散を主張し、「二四日午前中に私に返事せよ。それ以後では借入れは年内に間に合わぬ」といつたが、藤本は解散を拒絶した。

3 二九日も団体交渉が続けられ、一時金については三〇日午後一時出来ただけ支給し残額は新春の経協で審議する、経協は各セクシヨン独立採算の方向で黒字化を検討し各人の収入の拡大に努力する、職場規律を正しくし仕事の内容については相互に建設的批判をうけ入れ改善をはかることとし、新春早々第一回経協を開くことなどがきまつて覚書がとりかわされた。

4 三〇日、会社から藤本に対して一時金はさしあたり月収の三五パーセントぐらいだろうとの話があり、三一日になると会社の当面必要な経費を差し引いたら三〇パーセント弱になつたといつてきた。組合員は不満であつたが、新春早々残額の支給を要求することとしてこれを受け取つた。

五 団体交渉の拒否

1 三六年一月に入り、組合は年末一時金の支給、会社解散問題などについて速やかに経協が開かれることを期待し、同月九日から再三会社に対して経協の開催を申入れたが、会社は営業部門の多忙を口実に引き延した。

2 一四日、組合は一時金の残額支給等について文書によつて団体交渉を申し入れたところ、鈴木取締役社長不在を理由に応ぜず、結局要求を取り次ぐということになつた。

3 一六日、鈴木取締役から「社長はやめるから話し合う必要はない。新社長と話し合え」との社長の回答書が組合に渡された。

六 鉄の時代社の設立と会社解散による解雇

1 一月一八日組合は雑誌部門が同月九日に独立して株式会社鉄の時代社として設立されていることを登記所で発見した。これまでも会社はこのことについて否定し続けていたが、謄本をみせられてようやくこれを認めた。

2 二〇日になつて、会社の新社長は遠山景久であることが鈴木から組合に伝えられた。

3 二三日、会社は臨時株主総会(出席者は遠山、神山、鈴木、原で全株主)で「鉄の時代」の出版および営業の権利を株式会社鉄の時代社に譲渡する件を決議しており、そのあとで同日場所を変えて鉄の時代社の臨時株主総会を開き、これが譲受けを決議している。

4 それにもかかわらず、新社長は二五日夜、社員を会社付近のそばやに集めて「会社の建直しを新役員で検討するため月末まで休刊したい。二月一日ころには再刊するだろう。その間の賃金は法に従つて支払う。新方針がきまつたら郵便で通知する」とあいさつし、その場で一月分給料を渡した。

5 一月二七日、会社は臨時株主総会(出席者同前)で会社解散を決議した。解散の理由は、創立以来配当をしていない、役員報酬を支払つていない、役員・株主からの借入金に対する利息さえ支払えなかつた、積立金二〇二万円に対し借入金が四五一万円に上つている、かかる現状では将来の望みがないとしている。

なお、清算人に遠山、神山、鈴木(神山はその後清算人を辞退)が選任された。

6 二八日、鉄鋼関係の記者クラブで藤本が神山に会つたとき、神山は会社解散には一言もふれず、またその後組合が会社に事情をきいても「その中手紙が行く」と答えるのみであつた。

7 そして、三〇日から三一日にかけて、一せいに組合員に「会社は解散し、雇用関係は切れた」との速達が届けられたのである。

8 「自立経済特信」の鉄鋼版は、一月二五日付で一月末日まで休刊届をしていたが二月五日になつて自立経済特信社なるものから再刊された。

七 会社従業員の異動

会社従業員のうち、組合に加入していなかつたもの全部は鉄の時代社に受けつがれるか、神山個人経営の自立経済特信社に移るかしており、組合員だけが会社解散によつて雇用関係が消滅したとして解雇通知をうけている。

なお、組合員中、雑誌部の多田寛一が結成後間もなく脱退、タイピスト速水恵子は一二月二九日退社で脱退、斉藤玲子は会社解散を機会に退社した。そして藤本威、林茂の両名が一二月一八日組合員となつている。

以上の事実が認められる。

第二判断

一 団体交渉の拒否について

1 昭和三五年一二月二九日の覚書にもとづいて、三六年一月一四日組合が年末一時金の支給などについて申し入れた団体交渉に対して、会社が社長の不在、あるいは、「社長は辞任するから新社長と話し合え」などの理由を設けて応じなかつたのは前段認定のとおりである。

後に判明したように、すでに社長は退陣を決意し、会社の解散をあえて行う挙に出ていたことは事実であるが、それらのことはまだ表面化せず、むろん組合にもまだ全く知らされていないことでもあり、またたとえそのような事実があろうとも、よほど特別の事実でもない限りは、こうしたことをもつて団体交渉拒否の正当な理由となし難いことはあえて説明を要しないであろう。

そしてこの場合そのような事情がなんら認められない本件においては、会社がこのような愚にもつかぬ理由をあげて団体交渉の徒らなる遅延を図つたのは、むしろ神山がもともと抱いていた反組合的意図にもとづくものである。

2 神山の反組合的意図については前段認定の諸事実、例えば組合結成の当初から、当社には組合はいらない、とか認められない、とかいつていたこと、一二月九日の交渉でも誠意ある話し合いを行わなかつたこと、団体交渉の進行中からすでに会社解散を仄めかして組合の圧殺を企図した事実、組合が年末一時金問題について三五年一二月二九日の覚書にもとづいて経協の開催を申し入れたが、これにも応ぜず、一切組合を相手にせずとの態度をもち続けてきた事実からもすでに明らかであるが、さらに神山がその最終陳述書において「会社に結成された労働組合は労働組合法にいう労働組合でなく、共産主義の学校である」と非難し、また「神山の企図してきた思想的一致にもとづく協同や同志的配慮がふみにじられ、ゼニの多からんことを望む葛藤の場となつた。そのため神山は自己の犠牲においてこれ以上経営を続ける自信を失い、その責任から解放されることを望むようになつた」と述べていることによつて決定的である。

3 また、神山は「組合発足の前後に、自立経済細胞が都内業界紙の労働組合に対する共産党の組織化運動の中核体となつているとの情報がはいつたためにさらに組合に対する不信を強めた」といつているが本件組合にはその組織、活動からみてなんらかかる事情が認められず、全く常軌を逸した思い過しであつたというのほかはない。

二 会社の解散および組合に対する支配介入と組合員の解雇について

1 本件被解雇者らは、三六年一月三〇日から三一日にかけて会社解散を理由に解雇された。しかし、会社の解散について会社は、経理状態の悪化がその原因だというが、これに関して首肯せしめるに足る具体的事実の疎明は極めて不充分であり、かえつて組合員であつたものだけが解散を機に解雇されている事実などからすれば、前段団体交渉の拒否におけると同様に、もともと強い反組合的意図をもつ神山がその意図を会社解散による組合員の解雇、それに伴う組合の圧殺の手段によつて実現しようとしたものとみるのが妥当である。

2 次に会社は「自立経済特信社は会社解散後神山が個人で経営しているもので会社と関係がない。したがつて組合員のもどるべき場所がない」と主張する。しかし、自立経済特信社は会社の解散決議直後に設立されたものではあるが、その自立経済特信社は、釆配は神山がとり、経理面は鈴木が担当し、会社から五名の従業員が移つているほか、一二名の新規採用を行つて「自立経済特信鉄鋼版」を発行しており、しかも、この鉄鋼版は奥付が「株式会社自立経済特信社」から「自立経済特信社」と改まつているだけで、題字はもとのとおりであり、復刊のあいさつの中では、一月二六日まで発行した「自立経済特信鉄鋼版」の継続であると断わつているくらいで、本社、支社(大阪)の所在地、電話、振替口座など従来と変りなく、結局会社組織が個人組織に改まつただけで神山を主宰者として同一の事業が営まれていることに変りはない。神山自身も会社がなくなればその発行権が自分の手もとに戻るのは当然であるとして、会社経営から個人経営に還元したことをはつきり認めている。

また鉄の時代社は一月九日会社の雑誌部門を独立させて設立されたものであるが、その陣容をみると社長は神山、取締役は鈴木、そのほか非組合員から登用された薄井饒、橋本(以上雑誌部勤務)永井克太郎(大阪支社勤務)監査役は原(監査役)と全部会社関係者で、社員は会社から七名が横すべりしこれに新規採用四名を加えている。しかも出版物は、名称、体裁、形式等すべて会社発行のものと同じで、ナンバーは号を追つたものを出しており、仕事の場所、使用する材料、機械、電話、得意先等少しも従来と変つていない。したがつて、鉄の時代社もまた会社の一つの分身と認められる。

3 会社が、組合の結成以後、タイプ部女子組合員の配転を命じあるいは組合員である試採用者を呼びつけて圧力をかけたこと、斉藤(恒)前執行委員長の自発的退職をせまつたこと、さらには神山が組合の存在を嫌悪するのあまり、三五年一二月一六日から一七日にかけて開いた社員大会において「組合解散か会社解散か」と二者択一をせまり、組合が会社の働きかけを拒否してくると会社を一挙解散に持ちこみ組合の一挙壊滅を企図したこと等の一連の行為は、会社が終始一貫、組合の存在とその活動を嫌悪して行つた組合に対する支配介入であると認められる。

4 これを要するに、自立経済特信社と鉄の時代社とは、会社と全く同一の実体が、ただ形式上在来の事業をその部門毎に分割して各独立の形で営んでいるにすぎない。

よつて、会社と鉄の時代と自立経済特信社とは、いずれも同一の実体をもつものと認められるから、その救済については主文第一項のように命じるのが妥当であると考えられる。

そして、貿易版は現在発刊されていないが、組合員はそれぞれの能力に応じて原職相当のところに配置することができるから、貿易版の発刊されていないということをもつて、貿易版に従事していた組合員に与うべき職場がないということにはならない。

四 以上の次第であるから労働組合法第二七条および中央労働委員会規則第四三条を適用して主文のとおり命令する。

昭和三六年九月七日

東京都地方労働委員会

会長 所沢道夫

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